デス・オーバチュア
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魔術の国レッド。 基本的に、魔術を学ぶための正式な『学園』などというものが存在するのはこの国だけである。 ゆえに、魔術を学ぼうと志す者は必然的にこの国に集うのだ。 現在、中央大陸で魔術といえば七霊魔術のことを基本的に指す。 七霊の『枠』に収まりきらない魔術は太古魔術とか古代魔術とか呼ばれて一括りにされ、公式的には存在しないものとして扱われていた。 また、魔術に縁の薄い一般人の中には誤解しているものもいるが、魔術と魔法はまったくの別物である。 魔法とは、一切の契約や呪文などを必要とせず、イメージを具現化、思うだけで現象を起こせる特異な才能のことだ。 誰でも修行をすれば一応は使えるようになる魔術と違い、魔法は完全に生まれつき、一種の突然変異である。 魔法を使える人間が生まれる確率は非常に低確率であり、魔法使いは中央大陸中を探しても十人と居ないとされていた。 ただしそれはあくまで中央大陸だけの話であり、北方大陸では魔法は一般に普及しており、その北方大陸の支配者であるガルディア皇族に至っては、例外なく神に通じるレベルの魔法力を持って生まれてくると言われている。 さらに魔法に『機械科学』を融合させた『魔導』というものも存在した。 国を一撃で吹き飛ばす大砲、城よりも巨大な機械人形、現在からは想像もできない技術が魔導である。 現在では魔導の名残は機械の国パープルの機械技術に僅かながら見ることができた。 もっとも、伝説に聞く魔導と比べると、パープルの機械技術など所詮子供だましに過ぎない。 真なる魔導は三千年前の魔導大戦で、中央大陸だけでなく東西南北全ての大陸から滅び去っていた。 魔導を使える者、魔導師と呼ばれた者は現在にはもう存在しない。 突然変異である魔法なら一度使い手が全て亡くなり滅んでも、再び生まれ蘇ることもあるだろうが、突然変異といった才能ではなく、技術である魔導は一度途絶え滅んだ以上、二度と蘇るはずはなかった。 もっとも、三千年以上前から生き続けてる魔導師でも居るのなら話は別だが……。 赤の中の赤。 つまり、レットという国の中心であるレットという名の都市。 その都市のまた中心に学園は存在していた。 学園の特徴の一つに、地下が何階まであるのか解らないというのがある。 学園の地下は迷宮になっており、最下層まで辿り着いたという者は公式にはまだ一人もいなかった。 公式の記録では999階まで辿り着いたのが最高記録とされている。 迷宮には元から存在したのか、昔誰かが人為的に用意したのか、魔物と罠に溢れており、修行や魔術の実戦での実験に最適であり、学生にも多く利用されていた。 地下777階。 普通100階より下に潜るものはそういない、というか潜りたくても普通の学生の実力的に潜れない、そんな迷宮の地下777階を一人の少女が歩いていた。 紫の髪と瞳、紫のローブを着こなした十四歳ぐらいの少女。 少女は草か何かを刈り取るかのように容易く、障害たる魔物と罠を全て剣で斬り殺しながら進んでいく。 剣の力だけで進んでいく彼女はの姿はとても魔術師には見えなかったが、間違いなくこの学園の学生だった。 自らによってくる魔物を全て斬り殺し終えた少女は足を止める。 前方に先客が居た。 少女以上に魔術師には思えない行為を行っている存在。 銀色の髪の少女が、素手の拳で魔物を片っ端から殴り殺していた。 「……クロス」 紫の髪の少女は銀髪の少女の名を呼ぶ。 呼ばれたことに気づいた銀髪の少女クロスは魔物の攻撃をかわしながら、紫の髪の少女の方を振り返った。 「あ、紫苑。ちょっと待ってて、今まとめて片づけるから……魔界に生きる三種の鬼神……」 クロスは魔物の攻撃をかわしながら、詠唱を開始する。 「……ん?……待て、クロス! その呪文は止せ!」 紫の髪の少女紫苑が制止の声を上げたが、聞こえないのか、聞く気がないのか、クロスは詠唱を続けた。 「修羅! 夜叉! 羅刹! 汝らの全てを我に捧げ……刃と化せ! 三鬼刃神(さんきはじん)!」 「ちっ!」 舌打ちと共に少女の姿が唐突に消失する。 次の瞬間、閃光と爆音が777階に響いた。 地下707階。 「おかしいな……詠唱短縮したからあんなに威力あるはずないんだけどな……」 地下707階の隠し部屋でクロスはうなっていた。 「……失敗したから……あの威力だったんだ……」 クロスと向き合って座っている紫苑が呆れたような表情で呟く。 「ふぇ? 失敗だった……あれ?」 「修羅の究極の力、夜叉の至高の力、羅刹の終焉の力、三種類の力を統合させて撃つ呪文なのに……さっきは羅刹の力が強すぎたせいで、三種の力が反発しあい……暴走したのだ」 「あ、でも、それってちゃんと成功させるより、威力があったってことでしょ? だったらある意味成功かも?」 クロスは、あたしってもしかして天才?……といった感じの顔で言った。 「制御できない巨大な力など意味がない……迷宮を70階分も吹き飛ばした威力のある呪文を……いったいどこで誰相手に使うつもりだ?」 そう、現在地下707階の下は778階となっている。 三鬼刃神の呪文の暴走で、クロスが70階分跡形もなく吹き飛ばしてしまったからだ。 「おそらく、私達以外誰もいないような700階より下で使ったからいいようなものの……100階より上の階で撃っていたら大量殺人だぞ……」 「大丈夫大丈夫、500階より下に潜れる人間なんて、今の学園では、あたしとあなた以外はエランしかいないじゃない。エランならあたしの魔術ぐらいあっさり無効化するだろうし……ほら、無問題♪」 クロスは無邪気な笑顔を浮かべて言う。 「…………」 紫苑はふざけるなと思いながらも、可愛いから許しちゃうかな……などと一瞬思ってしまった。 「……とにかく、クロスは古代魔術……特に魔族系の呪文は禁止だ」 「え〜っ?」 クロスは心底不満げな声を出す。 「あたし、神族系や精霊系の古代魔法なんて知らないから、魔族系禁じられたら何も使えないじゃない! 紫苑の横暴!」 「七霊魔術だけで充分だ……」 「そんな、七霊魔術って威力がたいしたことないくせに消耗だけは激しいから多用できないし……」 「たいしたことない?」 「うん、だって七霊魔術って上位呪文でも魔族や神族にはかすり傷ぐらいしか与えられないって言うじゃない……そんなんじゃ駄目駄目よ!」 「……だから、お前は何と戦うつもりなんだ……」 紫苑は頭を抱えた。 大気中に満ちる七種類の霊(力、元素などとも言われる)を自らの魔力で操り現象を起こすのが七霊魔術。 それに対してクロスの使う古代魔術は、魔族や神族や精霊といった人間より一次元上の高次元生命体と契約し、その力を借りて現象を起こす魔術だ。 借り物とはいえ、高次元生命体の力を使うので、高次元生命体にも有効なのである。 これは魔族を倒すには魔族の力、あるいは魔族と対をなす神族の力を借りて戦うしない……という発想から生まれた魔術だからだ。 だが、魔族や神族が姿を現さなくなって久しい現在では、そんな巨大な威力の魔術は必要とされず、何より危険すぎるため、殆ど廃れている。 無論、学園でも古代魔術を普通に教わることなどできず、独学で学ぶか、使える者に個人的に教わるしかなかった。 そして、古代魔術を使うこと、学ぶことは世間的にはあまり好意的に見られない。 せっかく、この世界から魔族との縁が切れかけているのに、魔族の存在が忘れられようとしているのに、魔族に関わりのある力など……この世界には必要ない、下手にそんな力に手を出して、魔族を招くような結果になったらどうするのだ?……という考えが一般に浸透しているからだ。 「悪よっ!」 突然、クロスは拳を握り締めて宣言する。 「……悪?」 「そう、あたしが悪だと判断した者を倒すのよ! そのためには強い力が居る……力無き正義は無力、正義を貫くために必要なものは絶対なる力なのよっ!」 「…………」 紫苑は返答に困った。 偽善者とか、危険思想だとかとも何か違う気がする。 そう根本的にクロスの考え方は何か変だ。 クロスは一般的に正しいとされることや綺麗事を他人に押し付けたり強制することはない。 また他人に善人や良い人と思われたくて行動することもない。 寧ろ、クロス自身が世間的一般的に禁忌とされていることを率先して破っている気もする。 つまり、どう考えてもクロスは偽善者とは違うのだ。 では、危険思想?……それも違う。 クロスは政治や国家や宗教や外交関係には欠片も興味持っていなかった。 そんなものはどうでもいい、勝手にやってて、あたしも好き勝手にやるから……がクロスの基本スタイルである。 「正義はあたしが決める!」 「…………」 紫苑はなんとなく解った気がした。 クロスは独善者。 世間、社会といった大多数の意見や価値観など一切気にせずに、自分だけの正しいと思うことをどこまでも貫くのだ。 独りよがり、自己満足のためだけに生きてる。 ある意味偽善者より質が悪く、危険な存在だ。 「……クロス、将来の夢って……成りたい職業って何?」 「決まっているわ! 正義の味方よっ!」 クロスは力強く即答する。 「……そうか、がんばれ……」 「うんっ! 紫苑も一緒にやろうねっ!」 「…………」 紫苑は呆れながらも、クロスのこういう変な所が単純な所が大好きだった。 それから数年後、クロスは魔術学園を次席で卒業した。 ちなみに主席はエラン。 魔術の威力、魔力の質と量などはぶっちぎりのトップだったのだが、普通の学力、そして素行が悪すぎたのが主席になれなかった原因だった。 もっともクロスは純粋に魔術という技術を習得することだけが目的であり、学歴になど興味は無い。 それよりも、クロスが気になっていたのは卒業生の中に紫苑が居ないことだった……。 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |